ウズベキスタン観光情報 ウズベキスタン旅行記とエリアガイド

ユーラシア大陸の中心『ウズベキスタン』の旅行記&エリアガイドです。
かつてシルクロードの要衝として栄えたウズベキスタンには、
古都サマルカンド、聖なるブハラ、博物館都市ヒヴァなど、
今も多くのイスラム建築遺跡が存在します。
当サイトでは、日本ではまだあまり知られていないウズベキスタンを様々な角度から紹介します。

シャフリサーブス観光

シャフリサーブスの基本情報

シャフリサーブスは緑の街の意味を持ちます

緑の街』と言う意味を持つシャフリサーブス(Shakhrisabz・シャフリサブス)は、遠くにザラフシャン山脈が見える谷間の小さな町で、かつては緑豊かなオアシス都市でした。
古くから『ケシュ』という名で知られており、7世紀には三蔵法師も訪れたことがあるそうです。

シャフリサーブスの公園は花の咲く美しい公園です

シャフリサーブスはゾグディアナの古都で、ティムールの生まれた場所として有名です。
ティムールはサマルカンドにも劣らない雄大な建築物をシャフリサーブスに建てましたが、16世紀後半にブハラのアブドゥール・ハーンによってほとんどの建物が破壊されてしまったそうです。
そのせいか、あまり派手さはないですが、静かで落ち着いた観光地だという印象を受けました。
なお、シャフリサーブス歴史地区は、2000年にユネスコ世界文化遺産に認定されています。

シャフリサーブスにはツアーだとサマルカンド~ブハラの移動の途中で立ち寄ることが多いと思われます。
大きくない町なので、自力で全ての見所を見て廻ることもできるでしょう。
見所は以下のようなものがあります。

まず最初にアク・サライ宮殿のアーチ跡に登って、頂上からシャフリサーブスの町を見渡してみることをお勧めします。
そのすばらしい景色に、ちょっとした皇帝の気分を味わえます。

アク・サライ宮殿跡

ティムールが夏の離宮として建てさせたアク・サライ宮殿の跡です

ウズベキスタンのシャフリサーブス観光で、まず目にすることになるであろうアク・サライ宮殿跡です。
ティムールが夏の離宮として建てさせた物です。
『アク・サライ』とは『白い宮殿』と言う意味ですが、実際は金色のタイルで装飾されていて、白かったわけでは無いです。
白という色に高貴なイメージがあったため、『アク・サライ』と呼んでいたそうです。

アク・サライ宮殿はブハラのアブドゥール・ハーンによって破壊されてしまいました

380年に着工され、ティムールの死後の1405年まで建設は続けられました。
ティムールは色々な場所から職人を呼び寄せ、このアク・サライ宮殿を作らせたそうです。
近くの山からわざわざ水を運んで、屋上にプールまで作ったそうです。

アク・サライ宮殿の建物は跡形も残ってません

16世紀後半にブハラのアブドゥール・ハーンによって破壊されてしまったので、現在残っているのはアーチ型の門の一部のみになっています。
アク・サライ宮殿の建物に関しては、跡形も残ってません。
壊される前は50m以上あったといわれるこの門は、今は38mの高さで、上からシャフリサーブスの町を見下ろすことができます。

アーチの片方の柱には

スルタン(皇帝=ティムール)はアラーの影である

と書かれており、もう一方の柱には

スルタン(皇帝)は影である

と書かれています。
後者は間違って書かれたのですが、そのせいで建築家はアーチから突き落とされて殺されてしまったそうです。

アク・サライ宮殿跡からの眺めは格別です

アク・サライ宮殿の跡地は現在は大きな公園になっていて、そこにはティムール像が立っています。
このティムール像はティムール生誕660年という、なんか中途半端な年を記念して作られたそうで、この像が立つ前には第二次世界大戦で亡くなった無名戦士の碑があったそうです。

ドルッティロヴァット建築群

ドルッティロヴァット建築群と呼ばれるティムールゆかりの建築物が3つあります

シャフリサーブスにはドルッティロヴァット建築群と呼ばれる、ティムールゆかりの建築物が3つあります。
コク・グンバス・モスク、グンバズィ・サイーダン廟、シャムスッディン・クラル廟です。
ドルッティロヴァットとは『瞑想の家』と言う意味です。

コク・グンバス・モスクはウルグ・ベクによって建てられました
コク・グンバス・モスク内部はフレスコ画のような模様と色彩です

コク・グンバス・モスクは1436年にウルグ・ベクによって建てられました。
この内部は今まで見てきたウズベキスタンの建築物とは異なり、タイル張りではなくてヨーロッパのフレスコ画のような模様&色彩です。
残念ながら修復だそうです。

ウルグ・ベクによって建てられたグンバズィ・サイーダン廟です
グンバズィ・サイーダン廟には墓石が4つ並んでいます

コク・グンバス・モスクの向かい側、右に位置する廟は、ウルグ・ベクによって建てられたグンバズィ・サイーダン廟です。
ウルグ・ベクが子孫のために建てた物で、墓石が4つ並んでいます。
一番小さい墓石にはくぼみがあるのですが、これは病気の人々が治癒を願って触って行ったためだそうです。
このくぼみに溜まった水を飲むと万病に効くと言われているそうです。

ティムールによって建てられたシャムスッディン・クラル廟です
シャムスッディン・クラルの墓石は大理石でできています

そして左側にある廟は、1374年にティムールによって建てられたシャムスッディン・クラル廟です。
ティムールの父と、その指導者シャムスッディン・クラルが葬られているそうです。
シャムスッディン・クラルの墓石は大理石でできている非常に立派なものでした。
ここの壁もフレスコ画っぽい装飾です。

ドルッティロヴァット建築群は観光客の数も少なく、お墓が多いこともあって、ちょっと寂しげな雰囲気でした。
シャフリサーブスの建物は全体的にどれももの悲しい感じがします。

ドルッサオダット建築群

大いなる力の座という意味のドルッサオダット建築群です

シャフリサーブスにあるドルッサオダット建築群の一つに、ジャハンギール廟があります。
ドルッサオダットとは『大いなる力の座』という意味です。

ティムールがが立てたジャハンギール廟です

ティムールが戦死した長男ジャハンギールのために建てた廟ですが、今では廃墟のようにボロボロになってしまっています。
ジャハンギールは戦争中に落馬して、22歳の若さで死んでしまったそうです。
廟内の棺はジャハンギールのものだと言われていますが、実際に開けて調べたわけではないので、真実はわからないようです。

ドルッサオダット建築群の建物はほとんど壊れてしまい、土台だけが残っている状態です。
例えばティムールの次男が眠るウマル・シェイヒ廟もあったそうです。

ティムールの石棺に遺体は入っていません
ティムール廟と呼ばれる地下の墓室です

また、ティムールが自分のために用意したティムール廟と呼ばれる地下の墓室が残っています。
砂遊びをしていた少女によって偶然発見されたそうです。
ティムールは自分が死んだらこの場所に葬って貰うつもりだったようですが、大雪のため遺体をここまで運ぶことができずに、サマルカンドグリ・アミール廟に納められました。
結局、棺だけがこの地に残されています。

『兵どもが夢の跡』のような、荒涼としたドルッサオダット建築群でした。
ジャハンギール廟の隣のハズラティ・イマーム・モスクは今でも人々が祈る姿が見られました。
死者に祈りをささげているような、厳かな雰囲気でした。

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