ウズベキスタン観光情報 ウズベキスタン旅行記とエリアガイド

ユーラシア大陸の中心『ウズベキスタン』の旅行記&エリアガイドです。
かつてシルクロードの要衝として栄えたウズベキスタンには、
古都サマルカンド、聖なるブハラ、博物館都市ヒヴァなど、
今も多くのイスラム建築遺跡が存在します。
当サイトでは、日本ではまだあまり知られていないウズベキスタンを様々な角度から紹介します。

観光(その他)

ウルゲンチ空港

ヒヴァ遺跡の観光拠点ウルゲンチの玄関口がウルゲンチ空港です

ウズベキスタンはヒヴァ遺跡の観光拠点ウルゲンチ(Urganch)。
その玄関口となるのがウルゲンチ空港です。

ウルゲンチ空港は2000年に開港したばかりの新しい空港で、規模は小さいですが、色々と最新の航空技術が取り入れられているらしく、あらゆるタイプの飛行機の離発着が可能だそうです。
白地空色とワリと派手な色合いの空港です。
ちなみにヒヴァまでは空港から約20kmです。

荷物がカートに山のように詰まれて運ばれてきます

ウルゲンチ空港へはタシケント空港からの国内線でやって来ました。
ちなみに、タシケント空港は中央アジアで最も大きい空港です。
預けた荷物がカートに山のように詰まれて運ばれてきたのは、ちょっとしたカルチャーショックでした。
荷物はベルトコンベアに乗せられて、グルグル回されるのが普通だと思っていたので…。
おかげで空港の建物の中には一歩も入っていません。
外で飛行機から降ろされて、外で荷物を待って…といった流れでした。
『やっぱりウズベキスタンは違うなぁ』と変に感心したものです。

ちなみに、ウズベキスタンでは軍事施設、空港、地下鉄、トンネル、橋梁などでの写真撮影が禁じられています。
他の国でも割とありがちな場所ですので、そんなに驚きはないですが。
ツアーで一緒だった中年のオジサンは、ウルゲンチ空港で飛行機の写真を撮って、こっぴどく怒られていました。
「デジカメのデータを消せ!」と言われていましたが、消したふりをしてなんとか逃れたようです。

ウズベキスタン航空

ウズベキスタン航空のチケットです

今回のウズベキスタン旅行は、日本~ウズベキスタンの国際線にはアシアナ航空に乗りましたが、タシケントウルゲンチの国内線はウズベキスタン航空を利用しました。
日本~ウズベキスタンの移動も、ウズベキスタン航空を使った方がフライト時間も短くてラクなのですが、残念ながら日本発着路線は週に二便しかありません(2006年現在)。
ウズベキスタン航空を利用したツアーはやはり人気で、早く予約で埋まってしまうようです。

ウズベキスタン航空はソ連の崩壊後、カリモフ大統領の命で1992年に設立された、まだ比較的若い航空会社です。
ウズベキスタンでは国内線よりも国際線に力を入れており、現在はタシケントから国内外50都市を結んで入るそうです。
タシケント~ウルゲンチの移動で乗ったのは小さな飛行機でした。
調べたところ、どうやら『bae146(またはその同系)』という短距離路線用の旅客機でした。
短い滑走路や騒音規制の厳しい空港を発着するのに適しているそうです。

このウズベキスタンの国内線、路線バスのように座席が指定ではありませんでした。
それとは知らずにのんびり乗り込んだので、一番後ろの奥の方に追いやられてしまいました。
ふと横を見ると、飛行機の内装が剥がれかけており、ちょっと不安がよぎります。
座席も狭いので、機内サービスのドリンクを置く台なども無しです。
隣に座ったおじさんはかなりの巨体で、こちらの席も圧迫される始末…。
一時間ほどのフライトでしたが、いろんな意味で結構面白かったです。

結婚式と民族ショー

シェルドル・マドラサで行われた民族ショーです

サマルカンドシェルドル・マドラサでは、夕方にウズベキスタンの民族ショーが行われます。
毎日やっているのか?とか、やっている時期は?とかは不明ですが。
昼間シェルドル・マドラサを見学していたときにビラを貰ったので、せっかくだから行ってみました。
意外に値段は高く、確か5000~6000スムくらいだったと思います。

マドラサの中庭の真ん中に舞台が置かれ、舞台を囲むようにして中央アジア風のテーブルが置かれていました。
そこにはナンやナッツ、お茶などが並び、チャイハナしながらショーを見るというスタイルです。

民族ショーは結婚のお話です

貰ったビラには日本語であらすじが書かれていたのですが、ビラを無くしてしまいました…。
大雑把に言うと、『結婚を反対されていた男女が、反対を押し切って結婚するまでのお話』です。
確か新婦の両親が金持ちの商人か何かの娘で、新郎は羊飼いか何かだったと思います。 うろ覚えなので、間違えてても気にしないで下さい。

民族ショーは寸劇のなかに楽器演奏あり、歌あり、火を吹く大道芸あり、となかなかバラエティに富んでいます。
カラフルな民族衣装も見られますし、ウズベキスタンの伝統的な結婚式はこうやるんだ、というのが見られて興味深いです。
当然、何を言っているかはわかりませんでしたが。
民族ショーの最後には、参加希望者を募って出演者たちと一緒にダンスを踊っていました。

ウズベキスタンにもウェディングドレスが売っています

余談ですが、ウズベキスタンのバザールなどではウェディングドレスが売っているのをよく見かけます。
ウズベキスタンにいった人のサイトやブログを見ると、『結婚式を挙げているカップルを見ました!』と書かれているものを見ますが、どれも西洋式でした。
最近は昔ながらの結婚式をする人たちは減っているのでしょうか?
そうだとしたら、あんなキレイな民族衣装なのにちょっと勿体ないです。

民族舞踊&ファッションショー

ブハラの・ディヴァンベギ・マドラサナディールの中庭で、ファッションショーを鑑賞しました。
中央にショーの舞台が設置され、それを取り囲むようにテーブルとイスが置かれていました。
マドラサの中というよりは、屋上のビアガーデンに近い雰囲気です。
案内されて席に着くと、食事お茶が出されました。
『食事をしながらショーを楽しんで』という趣向のようです。

開幕時間が近づくにつれてだんだんと人が増えてきましたが、どうも日本やヨーロッパのツアー客ばかりです。
このショーは地元の人向けではなく、外国人向けのようです。

ディヴァンベギ・マドラサナディールでは民族舞踊ショーが行われます

日が暮れてだいぶ辺りが薄暗くなった頃、ショーが開始されました。
ウズベキスタンの民族楽器を持ったおじさん達の哀愁漂う演奏と共に、踊り子さん達が民族舞踊を踊りはじめました。
クルクルヒラヒラと美しい衣装をたなびかせて踊り子さんが舞っていました。

民族舞踊ショーの後にはファッションショーが行われます

しばらく踊って、彼女たちが舞台裏に引っ込むと、入れ替わりにモデルさん達のファッションショーが始まりました。
マドラサ内にお店を持つブティックの宣伝を兼ねた、民族衣装柄ドレスのファッションショーのようです。

一時間ほど民族舞踊とファッションショーが交互に行われ、お腹もいっぱいになり、程よく酔いも回りました。
面白かったか?と聞かれると、普通かな?というくらいですが、長い旅行の中、こんな夜があっても良いのではないでしょうか?
ブハラに行くツアーだと、日程に組み込まれている可能性が大です。

ナディール・ディヴァンベギ・マドラサで見た子供たちです

ココで見た子供たちがあまりに可愛かったので、ついでに載せておきます。

ウズベキスタンの自動車

ウズベキスタンの自動車です

ウズベキスタンでももちろん自動車は走っています。
走っている車の半分くらいが旧ソ連製の古い車で、残りの半分くらいが韓国の会社『大宇』の車でした。
日本車などはサッパリ見かけません。
韓国の企業が入り込んでいるのは、やはり朝鮮民族が多く住んでいる関係でしょうか?

大宇の車がウズベキスタンでは多いです

大宇の車はウズベキスタン国内で生産していて、今後の産業の中心として考えているようです。
現在はパーツを輸入して、自国では組立てだけを行っているようです。
1から10まで完全に自国だけで生産できるようになるには、もうちょっと時間がかかりそうです。

車体の頑丈さで行くと旧ソ連の車の方が上ですが、燃費の良さや車両価格で大宇の車の方が優れているため、急速に普及が進んでいるそうです。
個人的には、ソ連製のカクカクした形の車の方が、無骨で男らしい感じがして好きですが。

ツアーで乗っていたバンです

私がツアーで乗っていたバンです。
少人数ツアーだったため、観光バスではなくバンになったようです。
乗り心地はいたって普通で、内装なども日本車と変わりませんでした。

アラル海とキジルクム砂漠

ウズベキスタンの土地のほとんどはキジルクム砂漠です

ウズベキスタンの土地のほとんどは、キジルクム砂漠という砂漠によって占められています。
キジルクムとは『赤い砂』と言う意味で、砂が赤っぽいためにこのように呼ばれています。

キジルクム砂漠は粘土質の荒地です

砂漠と言っても、おそらく多くの日本人がイメージする、サハラ砂漠のような一面砂景色なのとは違います。
大部分は石がゴロゴロと転がっていて、たまに雑草も生えている、粘土質の荒地です。
砂漠とは『雨があまり降らず降雨量よりも蒸発量の方が多い土地』を指すので、砂ばかりじゃなくても砂漠と言うそうです。
キジルクム砂漠には、金や天然ガスといった資源が埋蔵されています。

キジルクム砂漠の南西にはアムダリヤ川が流れています

キジルクム砂漠は南西にアムダリヤ川、北東にシルダリヤ川と、二本の大河に挟まれています。
ダリヤとはテュルク語で『海または大河』を意味するので、それぞれ『アム川』『シル川』と表記したりもします。

世界四大文明が大河の周辺で興ったのと同様に、アムダリヤ川、シルダリヤ川周辺でも文明が栄えました。
アムダリヤ川沿いの主要都市にはウルゲンチヒヴァ、シルダリヤ川沿い(正しくは支流のチル川)の主要都市にはタシケントが挙げられます。

ウズベキスタンの山々です

アムダリヤ川はヒンドゥークシュ山脈を、シルダリヤ川は天山山脈をスタートし、どちらもアラル海へと注いでいました。
しかし今では、旧ソ連が実施した綿花栽培のための灌漑によって、両川とも運河に水量のほとんどを取られ、アラル海には流れ込まなくなってしまっているそうです。
そのためアラル海の面積は急激に縮小し、塩分濃度は上昇して、魚などの生物はほぼ死滅してしまいました。

またウズベキスタンの郊外の農地には、地表の所々に雪が降ったように白い部分が見られることがあります。
これは土中の塩分が浮き出ているもので、運河を引くときに適当な工事をしたため、アルカリ塩性土壌の塩分が地下水に溶けて表出してしまっているのだそうです。
よって綿花畑を作るためには、灌漑用水で塩を洗い流さなければなりません。

アラル海の問題を解決するには、運河へ水を引き入れるのを止めれば良いのですが、それはつまり綿花の栽培を止めることになってしまうので、簡単に解決できる問題ではないようです。
ウズベキスタン一国の問題でもないので、難しいようです。

ウズベキスタンで見かけた貨物列車です
ウズベキスタンで見かけた貨物列車です

おまけ:ウズベキスタンで見かけた鉄道(貨物列車)です。

サイラム・ツーリズム ~旅行代理店~

サイラム・ツーリズムのスタッフさんたちです

今回のウズベキスタン旅行でお世話になったのは、サイラム・ツーリズムという旅行代理店です。

1993年に設立した会社で、タシケント新市街に店舗があります。

周遊ツアーはもちろんのこと、航空券ホテルの予約、ビザの取得など、ウズベキスタンに関する色々な事を代理してくれます。
他にも、マウンテンバイクツアーやバードウォッチング、乗馬、乗ラクダ、釣りに狩りなどの手配もしてくれるようです。

サイラム・ツーリズムのガイドの方とは二人接しましたが、二人とも日本語はペラペラで、ちょっと難しい日本語でも理解できるほどでした。
実際に日本で言葉の勉強もしたそうです。
ウズベキスタンの人なので、当然ウズベク語とロシア語もできます。
と言うことは、ガイドの人は最低でもトリリンガルということで、 実に羨ましいです。
日本語以外にも英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、中国語が話せるガイドさんがいるそうなので、その辺りの国の人でも安心です。

国内線のチケットが取れていなかったり、スピード違反で警察に止められたりといったこともありましたが、全体的には良い代理店でした。
帰りにワインなどお土産もくれましたし。

サイラム・ツーリズムのWebサイトはこちらです。
ただし、英語またはロシア語です。

給水塔|ブハラ

ブハラで見た給水塔です ブハラアルク城の近くを歩いていたときに、このような風通しの良さそうなタワーが見えました。
コレを見た瞬間、『ウズベキスタンにもフリーフォールがあるのか?』と馬鹿なことを考えてしまいました。
良く考えれば観覧車でさえあんなボロボロ(失礼っ!)なのに、フリーフォールのような高度な遊具があるとは思えないのですが。

どうやらこの塔は『給水塔』らしいです。
展望台も兼ねているようですが、ここに登るくらいならカラーン・ミナレットに登ったほうが、高くて眺めも良いでしょう。
フリーフォールの落下する部分に見えたのは、運搬用エレベーターか何かでしょうか?
ただ、その余りに周囲から浮いている形状は、なんとも目を引きつけられるものがありました。

興味のある物好きな方は、ブハラに行ったらぜひ登ってみて下さい。

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